新聞の投書欄で、先月末から小学校の英語教育の賛否が論じられています。今までに二人の方(大人です)からの投書があり、いずれも反対の意見でした。それに対して、茨城県の15歳の中学生が異を唱えています。彼の主張を要約すると、以下の通りです。

「(先行する二人の方のご意見の根拠は、)語学教育には会話よりも文法が大事だからということでした。しかしぼくはそれが正しいとは思いません。」

「(自分は、)父の仕事の都合でアメリカに滞在し現地の学校に通っていたのですが、身をもって学んだことは、文法を知らなくても外国人とコミュニケートは可能だということです。」

「コミュニケーションをとりたいという気持ちこそが、外国語を学ぶモチベーションだと思います。小さいうちから英語の音に慣れたほうが、ずっと早く英語を習得できると思います。」

「私たちに必要なのは、コミュニケーションツールとしての英語なのです。」

私が感心したのは、この少年の主張の内容もさることながら、この少年の主張の述べ方、議論の構成の立てかたです。上に引用した四行は、それぞれ、以下の構成に対応します。

①論点を整理し、
②事実に基づく記述を行い、
③自分自身の意見を述べ、
④簡潔なコトバで結論を締める。

これは、プレゼンテーションの構造と全く同じです。この少年は、「新聞への投書」という形態のプレゼンテーションにおいて、このような見事なパーフォーマンスを示してくれていますが、彼であれば、多人数を相手にする一般的なプレゼンテーションにおいても、見事なパーフォーマンスを示してくれるであろうと思いました。

骨太の構成は、プレゼンテーションの命です。